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呟き ~その十~

 2010-05-09
呟きをはじめて、数ヶ月経過した。

最初、ツイッターとは、日常生活の不平不満、社会に対
する憤りなどありとあらゆる感情を(誰かに向かって)
ぶつけられる場所だと、勝手に思い込んでいた。

それこそ、やり始めた当初は、他人の目なんて気にせず
好き勝手に喚き散らしていたw。

だが、そんな無責任なことは許されないことを、様々な
形になり、己の身に降りかかることになり、そして
思い知らされる。

       これは、自業自得だと。ww

ブログや日記のように、閲覧者数を気にしながら、何を
書こうとか、何に対して、てめえの意見とやらの毒電波を
流すことの意味を考えずに済むと思っていた。

有意義で、真っ当な電波であればいざ知らず、小汚い
部屋の片隅に置かれたPCのキーボードを撃つ、冴えない
おっさんの妄想なんぞに、価値観とか、継続性を見出す
ことは困難なこと。

傍から見たら、滑稽で、気持ち悪い。いや気味が悪い。

そんな迷える老いた羊は、偏ったてめえの正義、価値観
で物事を判断する傾向が強く、新しい価値観、世の流れ
人々の欲するものに対して、鈍感になり、閉鎖的で独断
的な価値観に捉われてしまう。

俺が変わる必要はない。世の中が変わればいい・・・。

なんて・・・偏屈爺。

外面は、物分りのいい親父。中身は、変わることを恐れる
日和見主義者。どっちに転んでも構わないが、自己利益を
守ることには敏感・・w。

さて、ツイッターで(数ヶ月の短い期間でも)他人の呟きを
見ていると、面白いことに気が付く。

世の中の政治経済、家庭環境、育児、仕事、プライベート
ありとあらゆるカテゴリーを積極的に呟くタイプと、ごく
限られたカテゴリーのみ呟くタイプの二種類がいることに

このユーザーは、本音を呟いているのか?それとも、周りに
(フォロー相手)合わせて、適当に呟いているのか・・・。

すべてのユーザーに対して、疑心暗鬼になり、発言の傾向を
分析しはじめるチキンな俺。
こんなことを呟いて良いのか、俺の呟きたいことを封印して
いい人を演じるべきなのかと・・・。

でも、いずれは、化けの皮は剥がれる。すぐに激昂して
空に向かって喚き散らすだろうと。w 

ユーザーをブロックし、遮断している場合を除けは、フォローして
いるユーザーの一定の思考パターン、趣向、などを知ることが出来
自分にあうか、合わないかの判断材料になる。

特定の話題に関して、スイッチが入り、見るに耐えない、人格を
疑うようなタイプなのか、それとも、別段、有意義な情報などを
流す(得られる)タイプではなく、フォローする意味がないタイプ
なのかどうかなど、人それぞれ、趣向が異なるのだから、ある程度
の情報収集期間は必要だ思う。

そして、自分の趣向とか、価値観を共有できるであろうユーザーの
区別、棲み分けが可能であるのと同時に、一つの考え方として、同じ
価値観を、共有できると言うことは、裏を返せば、共感、自分自身に
とって都合のいい情報を提供してくれるユーザーを、多く登録する
ことは、ある意味・・・

都合のいい情報だけを欲して、反対の意見、思想、思考には拒否反応
を示し、聞く耳を持たなくなる・・。ついつい、周りが見えなくなって
特定の流れに飲まれてしまう。

でも、時間がたち、冷静になると。何だか不安で、怖くなる。

ツイッターという「呟きの場」において、こんなことを、呟いて良い
だろうか?迷う俺がいる。

呟いた結果、非難、抗議のフォローが届いたり、果ては、フォローを
取り消され、ブロックされたりしたら・・・。

等と、本音と建前が同居し、自分が思っていること、感じていることを
呟くことに臆病になって、無難な呟きに終始する。

無料で、簡単に登録できるとはいっても、頭の中で思いついたことを
何気なく呟くこと自体には、難易度など存在しない。

そもそも。始めた動機に、商業的、政治的な目的がないのであれば
何を喚こうが、個人の自由なわけで。

でも、思ったこと、感じたことを、べらべらと喋る(入力する)ことは
何らかの適正が求められるのかもしれない。
間違えても、俺が出来るのだから、あんたにも出来るなんて、軽はずみで
無責任な決め付けはいけないと思う。

ツイッターをしていないのであれば、好きなこと、思ったことを
呟けばいいのでは?と俺は思うが、どうして、なぜと、疑問に感じ始めると
ツイッターをする(個人的な)意義が揺らぐ。

何かを、誰彼構わずに、話したい奴、伝えたい奴、喋りたい奴は、嵌る。
逆に、呟き?そんなものは一過性で、どうせ飽きて、いずれは廃れるもの
だと思う人間は、実に賢明で、常識人。無駄に嵌ることはないと思う。

ツイッターの登録なんて、好みにあわない、肌が合わない、主義主張に
同意できないと思えば、相手が勝手に登録を抹消してくれる。
なまじっか、自己防衛に走っても、投げられた石を投げ返しても
相手は、其の反応を見て喜んでいるだけで、てめえの主義主張なんてもの
には、興味すらわかない。

要するに、他人の顔色を伺って、呟くくらいなら、偏見とか、先入観を
除外した「自分の意見」を呟く。
マスコミの流す情報、某巨大匿名掲示板からの情報、この世界のありと
あらゆる某体から流される情報のすべてが、正しいわけでも、誤って
いるわけでも、ないとするならば、今其の情報を知って、何を思って
感じているのか?率直な意見を呟く。

そんな気持ちでいたほうが、俺としては、気が楽。

まーそれ以前に・・・今日は何を呟きましょうか?。って考えずに
今日の俺の呟き・・・・って感じになると。堅苦しくて息苦しい。

いいじゃないの、今日は天気が・・・。今日は気温が・・
今日の仕事は・・・。なんて、利用価値零。評価の対象外。娯楽性
情報性零であろう「普通の」呟きでも、そいつにとって、其の日の
呟きを誰かに評価してもらおうなんて、恐れ多いって思う。


所詮は、たかが、一般市民の呟き。そんなもんに何を見出す?
あほ草って感じだねWWWW。




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