二面性とは何か。

 2008-09-26
電脳の世界で生きるということは、品行方正で
他人様と一切、関わりを持たずに生きていけるのか
といえば、俺は否定する。
他人の顔色を伺って、他人様のご機嫌を伺いながら
生きていくなんて、真っ平ごめんだね。

ただ、俺の頭の中には、常に消しゴムが存在し
翌日には、話した相手との間柄は、常に初見であり
一定の距離を保つ。何度会話しようが、ブログ等の
外部との接触ツールで認識があろうが、常に
初見、一見さん。それでいい。

この距離感、存在の希薄感こそ、俺そのものであり
俺の対する心証もまた、常に、揺れ動くもの。
固定などいらない。
むしろ、不自然に相手に合わせたところで、すぐに
鍍金ははがれ、本来の俺を晒し相手に、不快な思い
をさせることになる。

それならば、俺に対する他人様の印象や、評価を常に
マイナスにしておいたほうが、気分的に楽で
相手もまた、心を許すに値しない相手と見てくれるから
簡単な挨拶程度で済む。これは合理的な価値観だ。

いい人のように振る舞い、接するのは、屑にでもできる。
ただ、親身になって、相手のことを思って、相手を気遣って
チャット等で接することは、屑にはできないこと。

勿論、相手の人格や、相手のプライバシーを侵害してまで
自称「いい人」なんていう詐称は、単なる基地外だ。

相手に対して、親身になるということは、裏を返せば
自分自身こともまた、相手に見せることになり、それが
出来ないようなら、単なる「思い込み」野郎に過ぎない。

長々と何が言いたいのかといえば、心を許すということは
相手のことも、自分自身ことも、互いに出来て初めて
可能になることなんだろうなと、思ったりする。

俺には無理だな。安っぽい台詞や、馬鹿丁寧な言葉に
一貫性の無いおれ自身の姿が隠されているからだw

カテゴリ :肝に銘ずること。 トラックバック(-) コメント(-)
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