スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

自慢の娘

 2013-07-15
八重の桜を見ていると、軍制改革をした割には、トップである「藩主」様は
旧態依然の古の甲冑姿で、陣中におり、家臣一同もまた(一部を除き)甲冑
姿・・・。

対する新政府側の司令部(敵方)は、西洋風の(一部日本流の。。)服装で
装備もまた西洋軍隊。
指揮官及び一般兵まで統一(たとえ、史実では不統一であろうと)劇中
においては西洋になっている。

既にこの時点で、勝負ありと言える。

最初見ていた時には、会津も気の毒にと、若干の同情心を持って視聴して
いた俺だが、回が進むにつれて、ムカムカしてくる。

「花神の大村益次郎」で、描かれている(長州視点)長州征伐時
なぜ幕府軍が大敗したのか?という反省点が、全く戊辰戦争
特に、最終決戦において、生かされていないことに腹が立つ。

たとえ、その反省点から、一部の改良が行われたとしても
それによって得られる成果は、優秀な指揮官がいる部隊が展開している
戦場に限られてるわけで。

何だか、侍という身分にしがみつき、変わることが恥のように振舞って
いるさまを「武士道とは・・」と言われても、徒花にしか見えない。
たとえ、そうした生き様が「美しく」見えるのであれば・・俺は
そうではないと思う。

たしかに、一人西洋風の軍服(南北戦争の中古品?)をした人物が率いた
部隊が、局地的であれ、それなりの戦果を得て、敵の侵入を防げたとしても
他の味方部隊が惨敗しては、せっかくの戦果も生きてこず、その点では
気の毒であり、妙なところで、違和感がある。

口では西洋式の軍隊にするといい、でも、現実は中途半端な軍事改革に
終わり、家老クラスは相変わらずの、古の(戦国時代の甲冑姿で出陣)
価値観を晒し、柔軟性のある若い世代は、ためらいもなく新式の軍隊に
脱却・・・?している。

やっぱり、変だ。過渡期といえば済む話だろうけど・・・。

敗戦濃厚な状況になってしまうと、薩長ほどの内部抗争とは言わなくても
頭の固い(固定観念、価値観になんの疑問も、不満も感じないほどに平和
ボケしたサムライ)上級武士を一掃(排除)していれば(穏便に?世代交代)
もし、戦国武将くらいの野心があれば・・・ここまで一方的にやられる
こともなかったのでは・・などと勝手に想像する俺。

せっかく、ご立派な藩校を作り、小難しい学問を教えても・・・
今で言う「洗脳教育=人格形成?」が、全く役に立たないと現実。

花神(大村益次郎)で、侍は、侍らしく死ねというが、百姓はそんなことは
考えない。・・と(うら覚え失礼)という台詞が出てくる。

現代人として、命あってのと思うところも、忠義というものに縛られ
前途ある若者が死に、老害(やくたたずの家老)は生き残る現実。
そして、敗戦後にはさらなる厳しい現実=廃藩置県、廃刀令が待っている。

ふふふふ、この劇を見ていると、その時代に後に、徴兵制が変わった
理由もなんとなく見えてくる。

誰に忠義を尽くすのか、国か、藩主様か・・。富国強兵を目指す上で
国家に対して忠義を尽くすべきであり、幕藩体制など無用の長物。
まっ、新政府の「権力者」は元々、しがない下級武士や、日陰者の
公家なんだが・・・。なんだかな。

では、あの敗北の原因はなんだろうかと考える。

旧態依然の価値観からの脱却ができなかったことか?
それとも、飛び道具の時代に、槍刀による白兵戦を挑み
結果的に、戦意喪失する羽目になったからか?
それとも、戦争のやり方が変わる「変動期」を読み違えて
満足な補給も、人員補修もできず、ジリ貧になったからか?

いや違うと思う。

徳川宗家の将軍様が戦意喪失するほどの負け戦=反攻しても
勝ち目がないこと。

そんな情勢下の中、倒幕派(薩長及び諸藩)の戦力と
その軍事力と、自藩の戦力差をトップがわかっていない段階で
負け戦確定だろうなと・・・。

ではでは

それにしても、前回のヒロインが敵兵を撃ち殺そうとして
回想シーンが出てきて、躊躇い棒立ちになったシーンは
「あまっちょろい現代感覚の平和主義の描写」なんていらない
と思った。
カテゴリ :日々雑記 トラックバック(-) コメント(-)
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。