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我が地域のモニュメント。

 2012-08-05
俺の住んでいる地域など、日本の歴史の中では
たいしたことなどない。
山国の片田舎に過ぎないのだが、幕末期おいて
公武合体のために皇女和宮が、京都から江戸に
向かう途中に一泊した街道が通っていたり
赤報隊の残党(一部)終焉の地(追分戦争)に
なったり・・・

平凡な田舎町でも、日本と言う国、ひとつの時代
の流れの中にあって、それなりに歴史の流れの影
響を受けてきたらしい。

確かに、近隣では小諸騒動が起きたり、明治期の
百姓一揆(生糸の暴落に伴う高利貸しに対しての
打ち壊し騒動)発生地である埼玉から険しい峠
十石峠?を越えて、はるばる南佐久の地まで来て
志半ばで解散し、捕縛された地・・・
世に言う「困民党の秩父騒動」と幕末~明治期に
おいて、物騒なことが起きていた。

無論、数知れないほどの大規模な百姓一揆は
発生していたらしいけど・・・
いまいちよくわからないのが(俺の頭の中では
理解できていないだけだけど)勉強不足だと
反省。

しかるに、この忙しいの世の中にあって、特別に思い入れも
なければ、ほとんど記憶に残ることはなく、全ては
歴史という時代の波、記憶の断片化によって忘れ去られて
しまう。

まことに、忘却とは恐ろしいもので、伝えようとする人間が
いなければ(その気がなければ)ありとあらゆること全てが
伝承されない現実。そして現代社会。
記憶は消えるもの。記録は残すべきもの。よって・・・
過去のできごとは記憶ではなく、書物などによって記録されて
代々大事に保存され、伝承されてきたものだと思う。
壊すことは簡単だけど、残し続けることは非常に困難なこと。

それに対し、モニュメントなんて、~がありました。でしか
ないのであり、道端においてある「意味不明な」誰かが
建てだだろう単なる石碑に過ぎないと思ってしまえば
存在しても、重要な意味などない。

だけど・・・この石碑はなんのために作ったんだろうか?
誰が作ったんだろうか?何を伝えるために作ったの?
とか、痕跡などが残されていないことには何も始まらない。

俺が通っていた小学校の目と鼻の先に
招魂社がある。
当時はよくわからなかったが、調べてみたら
戊辰戦争の招魂社らしい。

書物として、絵巻として、口上(言い伝え)伝記として
石碑として、伝承として・・・(遺品として・・)

一つの国、ひとつの文化、一地域として、ひとりの人間として
残すことは限られているとは思うけど、今あること、昔あったこと
を残すことは難しい。
世代的なもの、環境の変化等・・・

歴史の伝承とは非常に重いものだな。と思ったりする俺。
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