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記録に残すということ。

 2011-11-23
世知辛く、昨日までの常識が、覆され、否定されることが多くなった
今日この頃を生きていると、ふと思うことがある。
いや、考えさせられることが多くなった。

ほんの数日前まであった構造物(建物など)が取り壊されて
更地になって、以前の姿、面影など、まったく思い出せないほどに
変化した土地などを見ると・・・

「ここには、何があったんだろう?」って思い出そうとする。
でも、常日頃、特段意識せずに通り過ぎているだけだから
自分にとって無関係な場所。

記憶に残っていない。そして、新しい風景、景色が作られていく。
世の中、その繰り返し。

消えてしまったものを、壊されたものの面影を探してしまう。
別に消えてしまったものに、なんの思い出なんてない。
まったく無関係の通りすがりに過ぎない俺。

あやふやな記憶などではなく、「記録」=紛れもなく
そこに存在していたという事実を残す意味からも「映像」「写真」
などを残すことの意義を、ふと考える。

変わらない場所と変わっていく場所。

何時までもそこにあると思ってはいけない。
いつかは消える。そして、変わっていく。跡形もなく
面影すら残さず。

形あるものは朽ち果て、いずれは壊れていく。
思い出は美化され、記憶は過大に誇張され、本当の姿とは
かけ離れてしまうかもしれない。

だから、記憶ではなく、記録として残す「理由」「必要性」
「意義」がそこにあると思う。

「記録」っていうのは、残そうと思わなければ、消えていくのみ
何故残すのか、何故語り継ぐのか、何故今なのか・・ふふふ。

 だけど、記録に残すといっても、誰がするのか?他人?自分?

あははっは、他人=第三者=客観性とやらの期待は出来るだろうけど
自分でできることは自分でやれ。他人に任せてどうする?
そういうものだとおもう。

ネットゲームの会話だって、記憶の域を超えない。
いつかは、上書きされ、消去される。

本当に残したければ「記録」すればいい。記録するだけの価値を
認められないのなら、うんなもん・・忘れちまえw

情だの、心なんてものは、あまりにも曖昧で、陳腐だ。
でも、曖昧だからこそ、あやふやであるからこそ
忘れることが出来る。いつかは忘れる。いつかは・・・。

あのときはあーだったけど、目の前に居る奴、いまさっきまで
しゃべっていたやつの事なんて、何時まで覚えているのやら。
楽しい思い出、嫌な思い出・・・形に残らないものほど
忘れまいと「己」が意識しない限り、風化していく。

まあ、覚えているのが自分だけで、他の連中の記憶からは
消えていましたなんて、藁っていいのかどうかwww

ふふふ。いいんじゃねぇ?それで。

「思い出は、心の中に・・」なんてねw
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