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語りかけること、書き綴ること

 2013-10-13

 お手軽に、つぶやく事ができるサービスを体験し、その手軽さゆえに
今まで書きなぐってきた「簡易日記」の更新を疎かにしていた俺。
 しかし、ふと考えた。

 何かしらのことを、己が(感じたことを、思ったこと、考えたこと)
積極的に呟き、第三者のアンテナに受信し、それらを解析分析され
その解析結果が、興味があることなのか?共感できることなのか?
それとも、結果を鑑みて、不快に思うことか、全く興味も関心すら
感じない内容だと思えば、人間の耳とは面白いもので、文字になって
流れてきたものを、改めて読み返すことなどしない。

 したがって、発信された言語に誰からの帰ってこないからといって
レス貧乏人じゃあるまいし、構ってちゃんでもあるまいし、何度も
似たような言語を発信する人間がどのくらいいるのか?

 お前には友達がいないのか?と、勘ぐられるか

 可愛そうなやつだなと哀れみの目で見られるのが
関の山。

 そういうことを考えると。

ツイッターとは便利なツールだと思う。誰ともフォローを受けずに
好き勝手に喚き散らすことも
可能であるとwwwwwww(そんなことをして何が楽しのか?など
大人の対応など無駄なことである)

では、ブログを書き続ける(書きなぐり続ける)意義はあるのか?
いくら無駄な気合をいれ、やる気を見せたところで、誰も褒めないし、称えない。

ツイッターと異なるとはいっても、原則的に孤高な趣味だと思うwww
俺の場合はコメントをロックしているが

ひとつ大きく異なることは(非公開は別にして)ブログサービス会社が提供している
サーバーデーターが消えるイレギュラーを除けば、何らかのキーワードで見ず知らずの
気の毒な迷い人が訪れることもあるかもしれないし、検索エンジン(ボット)の仕事の
成果が出るかもしれない。

自分の書いたものが、

だれかの目に止まればいい。


などといつ切れるともしれない俺みたいな屑の「書く気」を支える原動力は
そこにある。

だから・・・・ジャンルとか頻度とか考えず、書きたい衝動に駆られた時などに
書きなぐる。

簡易日記の存在意義は、そこにあると思うようになってきた。

他人の反応を気にせず、書き殴れる。唯一無二、利点はそこにあると。

ではでは。
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歴史の空白

 2013-10-05
この年になるまで、「読書」をしようとする気力も、金を出してまで
なにかまともな書物を買おうとしてこなかった俺。

しかし、年をとるにつれて、今までろくでもない雑誌や、俗物書物や
高額なゲームソフト買いあさってきたことを恥じるばかりだ。

さて、幕末から明治の動乱期で何が変わって、どうなったのかという
物事の始まりとか、動乱にともなう価値観の変化により、消えていった
ものとか、歴史の勉強で教わっていないことが多いことに最近、気がついた。

というより、気になってきた。

これは、最も勉強すべき年代に、勉強をサボり、奈落の底に落ちていった
俺自身の「知識欲の反動」かもしれぬww

ちょうど、富国強兵のスローガンから敗戦に至るまでの「歴史」が
ことさら自虐的な歴史観を徹底的に植えつけられてきた世代としては
何が始まりで、何を持って敗戦に至ったのかという経過があやふやで
あり、非常に気分が悪い。

自分なりの感想で悪いが・・・

次世代に語るべきこととは何かというものを考えるとき

たいていの場合、昭和一桁世代が、平成生まれの世代に語るこことと
日中戦争、太平洋戦争を知らず、成田紛争、安保闘争、朝鮮戦争も
ベトナム戦争も知らない世代である俺は・・・

知らないことが多いことを痛感させられることが多い。


だから、曖昧な当時の人間の証言だけでは納得できず
あくまでも「客観的で事実に基づく」書物を欲するようになったと思う。

歴史とは、先人たちが歩んだ道を紡ぐこと。

しかし、先人たちが歩んできた道があるからこそ

我々が今こうして生きているとすれば

彼らの歩んできたことを、知らなきゃ何も語れない。

ではでは。


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