異世界に旅立ったものへ

 2008-02-09
ある日のこと、ブログの巡回中に、このブログと
相互リンクを貼らしてもらっていたブログの書き手が
黄泉の国に旅立ったことを知った。
あえて、其の人物の名は書かない。
関係者は知っているだろうし、彼のことを知らない
人たちも(俺も含め)いずれ知ることになる。

電脳の世界は闇。一度、一つのデーターが消えれば
二度と戻ることは無い。
人の記憶は曖昧、己に関係の無いことはいずれ忘れる。
誰が居ようが、消えようが、気になどしない。
目の前のキャラ、数分前のキャラ、数時間前居たであろう
キャラのことなんて、誰も記憶していない。

でも・・・・・・・・・・・・其の人物と長い付き合い、親交のあった
者は覚えている。灰色の世界なのに、人間の心を感じるとき。
限られたものにだけ、ログであったり、SSであったり、記憶、
記録は残る。

そして、一人の人生が終わっても、次世代へと続く。
時間は止まらない。時間は動き続ける。

常に変わる世の中、世知辛い世の中、電脳の住民も
常に入れ替わる。目の前に居ないもののことは、その
キャラと親交のあった者以外、だれも振り返らない。
すれ違ったものの名を刻むものが居る限り、其のキャラは
消えることは無い。

幾多のネットゲームを経験し、固定のゲームの留まるのは何故?

居心地が良いから?それとも・・・世知辛い世を忘れたいから?

現実に居る己の心が貧しい奴、厭らしい奴、己の失敗を
他人のせいにする奴、いつも、後ろ向きになっている奴。

あまり、接触が無かった「其の人物」からは、そうした
物が感じられなかった。何故だろうか・・・・

しっかりとした現実を持っていたから。だと俺は思う。

俺が言えるのはそこまで、接点があったのはあくまでも


ブログを書いている者として、大航海時代オンラインゲームの
ユーザーであったから。


電脳世界に生きた彼のキャラ名は・・・残る。
他人に語り継がれるほどの偉業をなさなくても
記憶に残る。

では、ブログは残るのか?俺はいつも考える。
ブログは過去の記憶を書きつづるもの。
     其のときに思ったことを書くもの。

検索エンジンでヒットする限り、ブログは残るものなのか?
それとも・・・書き手が居なくなっても、ブログは生き続けるのか?
それとも・・・月日の流れと共に、電子の埃をかぶり、いつの間にか
検索エンジンにも残らず、消えていってしまうものなのかと・・・
電子の世界に情なんてない。曖昧もない。

広いこの世界、いや、広いようで狭い世の中と言うべきか。
数多の人々が、今、まさに欲しい得たい知りたい情報を
提供し続けるのが、ブログの存在意義なのか?

いや違うね、絶対に違うね。書き手がこの世に残すのは
他人が欲しい情報だけじゃない。必要とするのであればWIKIに
いけばいい。

俺はこう思う・・・過去の記事で知り、そいつの事が気になったのであれば

あんたらは、書き手の心に興味を持ったってことさ。深い深い闇を・・・・。
自分たちが言えないこと、考えも付かなかった事に興味があるんじゃない。
実は、自分たちもそう思っていたけど、声に出せなかっただけじゃないのかね?
違うか??

たまたま、そいつが書いただけってことさ。




             故人のご冥福をお祈り申し上げます。


    平成20年2月9日
                   
    HN 板カカオ9割。
   
 

再び三国鼎立の地へ・・・

 2008-02-09
迷った挙句、結局また、この地へ来てしまった。

大航海時代オンラインゲームの体験垢のアカウント
が利用できるので、摂り合えず来たってことが本音。

一通りのことをして、水鏡先生と出会う。

・・・なんだろうこの感覚は・・・

えらく水鏡先生が・・親切な先生に見えるww

テスト、第一次・・と先生の口調が変化してきて
運営側の調整が利いた先生w

いろいろと、機能があるようだが・・・さっぱりわかんねえw

それはそうと、テストの頃に居た、畑荒らしとか、猪?の
姿が消えて、人型NPCに入れ替わっていた。
ちょっとおどいた。

そして、採取に関しても・・・テストの頃と違って・・
渋いねーなんか・・・あんまり取れない。

あんたら採取に精を出すのも良いけど、ちょっとは
戦闘や仲間との協力プレイを楽しみなさいよって
運営側の意図が見えような気がした。

だって、各戦闘指導NPCが、盾だのって言ったとき
思わず・・「信長の野望っすか?」って思ったものww


因みに、一番上のさばで、板可可豆って名乗っていますw
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