スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

チャーハンの作り方。(そのまんま)

 2007-07-31


つい、ネタがなくて、カッとなってあげてみた

今は反省しているw。
スポンサーサイト

三国志オンライン(第二次)に降り立つ

 2007-07-29
三国志オンラインゲーム(第二次)のテスト版に
再び参加し、第一次のキャラクターで再びその地
に降り立った。

第一次のように、ノッキングしながら動くような
様子は皆無で、今回(第二次)非常にスムーズに
感じた。
また、前回同様、経験値、スキル値等の獲得にも
テスト版ならではの大盤振る舞いである。
恐らく、正式サービスが始まれば、廃人とはまでは
いかなくても、複垢でも使わねば効率の良い
生産等は難しいだろうなと感じた。

そういえば、第一の頃に比べて、採取などの
場所がわかりやすくなっていて吃驚した。
例えば、伐採、採掘、採取・・発掘?の場所が
それぞれユーザーに判りやすくなったことである、

伐採であれば、木のそば。
採掘であれば、岩場(採掘所)
採取であれば、水辺、または雑木林などが
黄色く発光していることで、適正な場所で
あることが判るようになっている。

そうした細かい配慮がオンラインのいいところ
であり、これで無闇に赤ネームのNPCの巣窟に
冒険をする必要も無くなる(はず)

だが、相変わらず墨絵のような風景には改善が
見られない。そうなると、DOL(大航海)にような
華やかさが欲しくなる。
また、シルクロードオンラインの雰囲気とも一線を
画している(世界観が違うと言えばそれまでだが)

私なりに、三国志オンラインで快適に遊ぶのであれば
(有意義に)孤独や退屈な世界を感じさせない演出
が求められると思う。
一度でも、夢のような世界、華やかな世界を体験した
他のネットゲームユーザー(廃人など)は、墨絵の世界
には、違和感を感じると思う。
だたし、静かにボーとしながら悦に浸るような気持ちの
余裕が求められるのとも思った。はは

癒し?

 2007-07-26


言葉が通じなくても、そこにいるだけで
癒されるのであれば。。。。いいじゃないw

ねとらじの風景。

 2007-07-24
俺は、PCの変え替えを契機に、PCに付属してきた
外付けのスピーカーで音楽などを聴いている。
でも、今の今まで、「ねとらじ」から聞こえてくる
人の声などは「スカイプ専用のヘッドホン」で
ほとんど、聞いていた。

さて、そんな風に聞いていた俺も、ヘッドホンで
聞いたときの感覚と、スピーカーで聞くときの
感覚の違いを楽しむようになったいた。
外付けのスピーカーで聞いていれば、無理にパソコン
前に陣取って「ねとらじ」を聞く必要も無くなり
何よりも、寛ぎながらねとらじと接することが
ようやく・・可能となった。

まあ、ヘッドホンで装着して、人様の発言の
揚げ足取りをとることに、嫌気がさしたってのも
あるんだが
。。。


だが、いざベッドなどに横になりながら聞いていると
ふっと気が付く。
なんと言うべきか・・(表現)
ねとらじ@DOL系の番組を聴いていると、スカイプを
介し会話をしているというより、ファミレスなどで
食事をしながら、MCとゲストが「談笑している」
風景が見えてくる。

まあ、それぞれの番組の特徴だと、片付けてしまえば
はい簡単。
でも、放送する側が、聞いている人間の環境なんて
考える必要など無いが、複数の人間が雑談形式で
話している風景も、条件が変わると、その場の空気の
印象も変わる。ってことだね。www

ねとらじのおける人間の距離感。

 2007-07-19


ねとらじとは面白いもので、キャラクターのレベル云々
総プレイ時間云々、乗船可能レベル云々を、抜きにして
考えると、人と人が向かい合う時間と言える。

さて、ねとらじは、MCと話すことと同時に、多少の
ライムラグを経て会話内容がネットラジオの番組として
流されるので、MCとゲストとの「現状の」関係が
見て取れる。
たとえ、その時点で、「知り合い」だと公表(発表)
しなくても、会話の様子、雰囲気から察することが出来る。

「気心の知れた仲間」「名前だけ知っている」
「さっき話をしただけ」「今日始めて話す人」など

MCがゲストに対して抱いている気持ちは、隠せるもの
ではない。むしろ、時間が経てば経つほど、露骨に
滲み出てくるもの。
だがら・・・MCがゲストとの会話を始めるときに
どんな話(話題)から切り出してくるのか?私は
興味を持って聞いている。

ウザイ意書き込みをする野郎が、何をほざくってのは無しだぜwww

モンスターに会いに行く。

 2007-07-17

数度の動作不良(不具合?)の嵐に遭いながら
無料ワールドへ降り立った俺。
ちょっと前に、甥っ子が(PSP)モンスターハンターで
遊んでいたのを見ていたので、多少の免疫が付いていると
おもっていた。
でも、やっぱり・・あわわわって感じになる。

以前使用していたPCのスペックが低かったこともあり
廃スペック要求のネットゲームでは、何度もフリーズを
したり、ノッキングしたりと最悪だったことを思えば
こうしたゲームで遊べることは、有意義だと感じる。

ただ・・・VISTAという物の相変わらずなれず
戸惑うのも事実。

俺のブログはここから始まる!

 2007-07-16



ここのブログが欺瞞に満ちたものであろうと

俺のブログは変わらない。

始まりと終わり。

 2007-07-14



始まりがあれば、終わりもある。

人との出会いもあれば、別れもある。

物が作られれば、壊れることもある。


最初があれば、最後もある。

終わらずに、残り続くのは・・・なんだ?


屁理屈野郎の鍍金を剥がせば・・・

 2007-07-13
今にして思えば、ネットラジオを聴くときに
ヘッドホンをつけることは、当たり前のように
思っていた。
最初の頃は、ねとらじの放送時間が、深夜帯
であることで、周囲に音が漏れない目的で
購入したのだが・・・


だが、次第にヘッドホンで聞くのが当たり前などと
思うようになると、MCが発する音、バックで聞こえる
音楽が、何らかの原因で(突如)大きく聞こえたとき
などヘッドホンで聞いていればダメージが大きくその
都度、眉間にしわを作っていた。
そうなると、己の使用環境を勝手に「標準仕様」だと
思い込み、単なる「自己厨」の思い込みクレマーに
成り果てていたことを意味する。

屁理屈野郎の鍍金をはがせば、単なる「わがまま」な
人間であることが、証明されたと言っていい。

これでは駄目だ・・・。

ねとらじの掲示板に好き勝手に、書き込むのも結構だが
MCやそれ以外の出演者を困らせるような書き込みをして
は意味が無い。
もっといろんな人と話を聞いて、一時的な激高で
書き込みをすることを避けねば・・・。むむむ・・

ラジオの聞き方。

 2007-07-10
私はいつも、スカイプで会話などしないくせに
スカイプのソフトがインストールしてあって
ヘッドホンでねとらじを聞いている・・。

さて、ねとらじの番組は、基本的に会話中心で
なおかつ、雑談が多いので、私の意識の中では
外付けのスピーカーで、聞くべきものだろうか?
と思っていたので、外付けのスピーカー(USB)で
ねとらじを聞く気にはなれなかった。

だが・・・
あの日の衝動を抑えられなかった反省から、私は
考えを変えた。ねとらじと向かい合う(聞き込む)
意識を変えようと思った。
まず、偉そうに屁理屈を言う前に、真っ先に問うべき
己の意識を変えるべきだと思う。

その前に、何のために購入したのか?スカイプ用の
ヘッドホンを装着し、ねとらじを聞いていると、無意識
にMC、そのほかの出演者の発言を、聞き逃すまいと
無駄で無意味な熱意で聞いていた。
常にそうした意識を持って聞いていれば、人間重症だ。
まったく持って、恥ずかしい限り。
いい表現で、「真剣」悪い表現で「狂っている」となる。
だから、ヘッドホンを装着し、掲示板と向かい合っていると
(モニター)MC以下の発言に敏感に反応するようになる。
この「敏感」が、「モラルへの鈍感」に変わっていく。

(今聞きながら、記事を書いているが、うーん
今までに無い、新鮮な気持ちである。
ヘッドホンを装着し、聞いていると、MC以下の
出演者の発言から、その場の空気を乱してやろう~
揚げ足取りをしてやろう~と思うほど「無意味な興奮」
もしない。

今更の感があるが、外付けのスピーカーで聞くのも
「ラジオの聞き方」なのだと、再認識した。

人間、まじめに聞くのは良いが、度が過ぎれば
単なる、「基地外」になってしまう。
物事は、ほどほどにしないとね。^^

役に立つ?料理動画。

 2007-07-10


ん~動画自体よりも、コメントのほうが面白いと思う。ww

癒しを求める?

 2007-07-08
同じゲームであっても、組み合わせる曲と、編集の仕方
によってこんなにも違ってくるとは・・・。
MADって面白いって思う。







ねとらじと掲示板荒らし対策を考える。

 2007-07-07
だいぶ冷静に考えられるようなったので
自戒の念をこめて書こうと思う。

ねとらじの掲示板は、某巨大匿名掲示板と
雰囲気が似ていて、コテハンを名乗らずに
好き勝手に書いても何もわからないと思って
いる輩が多い(現に俺もそうだった)

さて、ねとらじ(ネットラジオ)では
特定目的、関連性を持って(同好会)番組を
制作されているのだが、当然、番組リスナー
の多くは、それらグループに生息するユーザー
であることが多い。
だから、共通する事項のユーザが立ち上げた
番組に共感し、番組を作っているユーザーが
多いのも「ねとらじ@DOL」の特徴かもしれない。

だが、ねとらじは、ひとつの闇を作ることがある。
事情を知らない(馴染みの無い)リスナーが
何かの拍子にその世界に触れて、その世界の輪に
入ってくるかどうか・・・
聞く自由、聞かない自由の論理は、番組内の空気を
 読む(協調性)ことを外部者(荒らし)に求めても
 時間の無駄、感情の無駄。
 その場の空気を乱すことに喜びを感じる、荒らし
(無法者)には、それなりの懲罰を与える以外に
 改心などと言葉は、寝言に聞こえる


スカイプ、IRC、ゲーム内でのTEL・・などのユーザー同士
リスナー同士、MCとリスナーとの会話などの手段が無い場合
ねとらじの掲示板の設置は、リスナーとMCとの唯一の接点
(意思表示)となる。
ただ、違うのは、掲示板の書き込みは、掲示板自体の閉鎖
書き込みの削除がされない限り、形跡(痕跡)が残ること
になり、他のユーザーが不快な気持ちにさせる。

その迷惑行為そのものこそ「荒らし」の目的ともいえる。

以前の俺の「行為」の原因など、他のユーザーからすれば
単なる言い訳に過ぎない。たとえ、「初犯」であっても
管理者は、書き込みした者の特定とともに、再度の書き込み
を阻止(禁止)することは当然の「処置」である。
聞く聞かないは、本人の自由意志であるが、それはMCが
思うところも同じ。反発する、迷惑行為をして暴れる
リスナーには聞いてもらわなくても構わないと思うのも
当たり前のことである。

そして、何が大事かと言えば、そうした「迷惑行為」に
対する断固とした処置にかかる「スピード」と書き手に対する
メッセージを送ることである。

これが一番大事。もたもたしている間に、増長した輩の
書き込みが増えるだけであり、番組進行中であっても
小まめに、掲示板の状態をチェックする「監視する癖」を
作ることが大事なのである。


祝!!戦国無双2猛将伝発売決定。

 2007-07-05
俺としては、無双OROCHIで、終わったと思っていただけに
正直嬉しいけど・・なんだか複雑な心境。




オンラインゲームの場合、オンラインだけあってユーザーの
要望や運営会社の思惑を組み合わせて変化していく。
ゲームに飽きたもの、ゲームワールドにあるものすべてを
やりつくして、燃え尽きるもの。変化についていけず
消えていくものなど、課金ユーザーの入れ替えもまた
激しい。

オフラインゲームは、その時点で盛り込めるすべてを
叩き込む、織り込んでゲームとなるようだけど
人気のある?(俗に言うコー○商法)は追加ディスクの
販売でユーザーの囲い込みを・・って(^^;










   ・・・・・・・・・(おまけ)・・・・・・・・・・・・・

お食事。

 2007-07-04



最近のコンビニ弁当は美味くなってきているけど・・
やっぱり何かが足りない。

(てめえの意見なんて聞いてねえってのはなし。)

愛か?・・・おもいやりかね?(空気嫁ってのもなし)

人が作らない食事の味気なさよ。
機械は壊れるまで、作り続ける。
コンビニ業界の進化とともに・・・

カテゴリ :たまには一休み。 トラックバック(0) コメント(-)

痛い奴を撃退する方法を教えますw。

 2007-07-03
俺のような、自己顕示欲の強い、自己中心的な野郎ほど
「掲示板」への書き込みには執着する。
そうした「野郎」ほど、一旦増長すれば、必ず調子に乗る。

たとえ、そうした野郎が、ごく一部のリスナーの中に
混じっていたとしても、もう一つの顔「荒らしの素顔」
を抑えることは出来ない。ああ、哀れ、どうしたものか?
まともな人間であれば、抑えることが出来る「衝動」を
抑えることが出来ず、書き込みをしてしまう。
俺なりに、これも立派な「荒らし」だと思う。

ネットラジオの出現する「荒らし」=俺様のような屑野郎
は、掲示板に書き込んだ「自分の書き込み」に対するMCの
反応を、ある意味楽しみにしながら、逆に、どういう
反応(反撃)を食らうか、不安な気落ちを持ち合わせている。

そうした二つの気持ちを抱きつつ、ラジオを聞いているの
だから、はっきりいって「まともな神経」の持ち主でも
そのラジオのMCの気持ち、他のリスナーの気持ちなど
考えるだけの「理性」なんて持ち合わせていない。

つまり・・・・・内面的な臆病な奴というか・・適切な言葉で
表現するとすれば。

たんなる「痛い奴」なのだよ。

はっきり言ってね。

痛い奴を撃退する方法を教えますw。 の続きを読む

銀玉の無常

 2007-07-01


俺の住んでいる地域は、ど田舎とは言わないにせよ
パチンコ屋が数多くあって、凌ぎを削っている。
田舎ゆえの娯楽施設の無さゆえか、休日ともなれば
限られたパイの奪い合いのため、折込チラシの
枚数も増える。
のんびりとした田舎者の考え方としては、何も既存の
パチンコ屋のまん前に、出店しなくても良いんでねえの?
って思うんだけど、設置台数と同じくらいの広大な
駐車場を完備した新規出店が相次いだ時期もあった。

だが、外資(県外)の出店は、既存の店舗を駆逐し
既存の店舗はあっという間に閉店し、再利用の展望
すら見出せぬまま、放置されているのが現状。
別に、パチンコ屋が倒産しようが、パチンコをしない
俺からすれば、どうでもいいのだが・・地元商店街が
シャッター商店街になりつつある現状とのなんら変わり
ない。
たいていのパチンコ屋は、郊外に展開しているので
あまり人目に触れることも無いのだが・・朽ち果てていく
パチンコ屋をみるにつけ、パチンコに入れ込むのも
ギャンブルなら経営もギャンブルなんだなと実感。

ネットゲームに入れ込み、ゲーム内に取り込まれていく
人もいる現代社会において、厳冬の早朝時に白い息を
吐きながら開店を待っていた人々の姿は、見ようによっ
ては、その店の繁栄を見た思い出だが、朽ち果てていく
パチンコ屋は、静まり返っている。

架空の世界で、虚構の夢を求めても、何一つ得られず
満足できないように、パチンコもまた、入れ込んだ割りに
何も得られない。なんだか、空しさだけが残るような
きがする。
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。