寝言
2007-03-07
俺はいつも思うことがある。習慣的にログインするゲームの
ブログヲ書くことは、夢見ながら
書いているだけではないかと?
もし、数年後、そのゲームのサービスが
終了したときに、それまで書き続けてきた
記事の「根拠」となるものなどなく
ただ単に、思い出話を綴っただけの
ブログになってしまうのではないかと・・
だが、現実に夢の世界でであったものは
確かにいただろうし・・顔も知らず
素性すら知らず・・
でも、設定された世界で、大騒ぎしたのは
俺の記憶に残っているし、ログにも残っている。
でも・・それならなぜ?その世界のことを
書き続けるのに、あーだこーだと考えながら
書くのかと?
やはり、ただの「自己満足」か?
ならば、その自己満足をいかに昇華させるかだ・・
ゲームの中で受ける依頼を受けて、完了させる
までの過程など、いつか誰もが通る道である。
当たり前のことを当たり前に考えても
それでは、普通になってしまう。
逆に、当たり前のことを、たとえ角度を変えて
考えても、結果は同じか?・・・
このゲームで困難だと思うのは、与えられた仕事を
何の疑問も感じず、こなすことではなく
ひとつの疑問から脱却し、自分なりのプレイスタイル
を模索して、長続きさせる方法を考えるときだとおもう
それならば・・・一個人であれ、考える余地は
まだ残されていると考えていいのか?
ふっ
カテゴリ :毒電波航海コラム
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