ねとらじCJの適正。

 2006-07-11
ねとらじを流すには、専用のソフトとマイクさえあれば
直ぐにでも放送できる。
例え、実際の職業が、人前で話す職業でなくても
ましてや、放送関係の仕事に就いていなくても・・である。
玄人、素人に関係なく、伝えたいこと、話したいことが
ハッキリさえしていれば、ねとらじ番組を流す上では
ハードルになることは無い。

だが、不特定多数のリスナーが聴いていて、不安に感じたり
不満に感じたりする「CJ自身の不安要素」の払拭とは
いかないだろう。
まず、篭ったような声で話したりすることもなく、アシスタント
との対談でも、「不要な間」を作ることは避けねばならない。

その点、「経験者」=玄人CJは、対談時における聞き手としての
「上手さ」とか、話し手としての「流暢な話し方」等、話術が
巧みである。
玄人CJの番組は、新鮮味が乏しい反面、ねとらじの番組として
不特定多数のリスナーを、惹きつける。
多くのリスナーを確保できても、リスナーは、更なる向上を
求め、様々な「要求」をしてくるだろう。
そうした時、玄人CJ=職人の真価が問われる。単なる気まぐれ
CJなのか?本当に、ねとらじを愉しむつもりなのか・・・。

無論、単なる「対談方式」に拘らず、CJ自らが発起し、ユーザー
イベントを企画するのも「一つの手」である。
それは、マンネリ化の打破と、緊張感の維持にも繋がるだろうが
他のねとらじ番組を意識した「個性の主張」に固執していると
本来の個性が埋没する恐れも出てくる。

それよりも、まず「知名度の確保」と、話術の向上を心がける
ことで、個性を磨くべきかも知れない。
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