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電子マネー再び。

 2014-10-04
それは、とある日のこと。

某日、仕事に関連した「勉強会」が、二日間にわたり長野県内の施設で
開催された時、当社の所在地から目的地まで、約片道60㎞程かかり
当然、休みなしに往来などせずに一定の距離で「一休み」することに。

人とはおもしろい生き物で、休みやすい場所にコンビニがあると
時間帯と場所にも影響されるのだろうが、そうした場所には
多くの客が集まる。

そんなコンビニでのレジの様子。

休憩で寄っただけなので、多額の支払いなど発生しないだろうが
いざ支払うときになると、精算の際に、支払金額を確認してから
貨幣(通貨)を用意する。用意をして、精算金額を確認して
差額が発生するか、差額が発生いないように(消費税分の端数)
精算するとき、やはり、ある程度の時間がかかる。

その精算時間が、「いらいらの元」「効率の悪さ」へ
とつながる。

さて、今回の勉強会の行きと帰りの往復の道中、二回休憩した。
つまり、行きに一回、帰りに一回だが、目的地に向かうときに
寄ったコンビニでは意識しなかったが、帰りのコンビニでは
7-11のコンビニ店員が「あからさまにw」電子マネーの購入を
勧めてきた。「~はいかがですか?損はさせませんよーw」と

その言葉を聞いたとき、思い出した。そうだそうだ。

一時期、電子マネーの利便性が気になって、使ってみたいなーと
考えた時期があったなーと。

しかし、上司は。「なんだそれ?」と戸惑った表情を浮かべて
やんわりと断っていた。
そして、隣のレジから、電子マネー精算の音が聞こえてきた

そりゃそうだ、無理もない。ああいうものは、外回りとか
仕事の形態が「作業」系であれば、いちいち財布から紙幣(通貨)
をすることが「効率化」と「利便性」を見いだせないと、無抵抗に
使うことはないと思う。(俺の勝手な思い込みかも知れないけど)

もし、俺が、その手の「支払い形態(手段~」に通じていれば
(慣れていれば)上司に対して、臆面も無く、これ(電子マネー)
ってすごく便利ですよ。などと勧めたかも知れないが・・・

流石に、そこまでの図太さはなかった俺っw

それから、明くる日。

スマホの「お財布アプリ」の存在を思い出す。
さっそく、インストール。

・・・・おや?チャージしてある??

いつやってんだろうか。2013年・・8月w

金額は・・・1,000円の残高っっっっっっw
たぶん、電子マネーの存在を知り、使ってみたいなと思案した
結果、とりあえず、入れておこうって思ったんだろうな。

それはともかく、チャージってどうやれば良いのか?
迷い、コンビニの店内奥に設置してある「銀行のATM」もどきに
ここに(スマホを)置けと指示が表示され、点滅していたので
指示通りにおいて、1,000円をチャージ。

・・・・残高が変わったw

あああ、なーんだ、あっけない。簡単じゃん。
記念にw(大げさな)パンと飲み物をかごに入れて
「お願いします」と言って、スマホを置いてみた。

「~ですか?」と聞かれたが、どういう風に
返事(答えるべきか分からず)をするのか
思いつかず、頷いて合図してやり過ごすw

~♫ (あの音がしたw)

いい年したおっさんが、なんの達成感をw
内心、初めて出来たので嬉しかったりする
但し、チャージ残高を意識するので、頻繁に
使う気にはなれないなと思った。



なーんておもったけど、こういう精算方法も
ありだなと思った。
知っていれば便利。頻繁に使わなければ
恩恵は少ない支払い方法。
だだし、紛失しないように気をつけねば。

ではでは。

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自称「アラブの革命戦士」の総括本を読んで。

 2014-09-08
さて、ここ数日、遠いアラブの地で流血の惨事が繰り広げられ、どちらの正義を
信じるべきなのか?判断材料も、そして、歴史的背景など全く知らないこともあ
って、ただひたすら平和がいつ訪れる
のだろうかと考えさせられる。

そんな、血なまぐさい「アラブの紛争」関係の報道を、連日聞いていて
いや、聞かされ、活字として何気に目に入ってくると(記事の重要性を
問わず)ふと思い出す。

日本赤軍とは何だったのか―その草創期をめぐって日本赤軍とは何だったのか―その草創期をめぐって
(2010/05)
和光 晴生

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そういえば、数十年前に、日本人がアラブの紛争地域において
テロ行為を行い、衝撃を与えたと・・・かすかな記憶がよみがえる。

ただし、俺の生まれる前か、生誕して、数年後の出来事であり
当時のことなど知らない世代なので「ああ~そんなうこともあった
かな?」などと昔を懐かしむことはない。
全く知らないことなのだから。

今では、すっかり、「新左翼の燃えかす=テロリスト」の
烙印を押された彼らの懺悔=総括は、彼ら自身の敗北
宣言であり、資本主義と共産主義の争い(東西冷戦)が
事実上の資本主義の勝利に終わり、イデオロギーの争い
から宗教紛争に変わっていく課程において、いつの間にか
厄介者扱いにされて、その「理不尽な国家の思惑」に対して
愚痴やら、自分たちのやってきたことの「自己反省」、さらに
共に歩んできた「革命戦士の同志」への恨みつらみなど
なるほどねと思っても、全く共感できない「戦争を知らない世代」
の俺。

買ってみて、ぱらぱらと読み、戦争を知らない世代として
読んでみると、有ることに気がつく。

彼ら(革命戦士)は、表向き、志を共に、目的達成のために
ありとあらゆる非合法的手段を用いて、彼らの信じる理想
理念のために、目的を遂行してきたことはわかったんだが

大事なことが抜けている気がした。

自分たちが生まれて育った「祖国」の為ではなく
縁もゆかりもない「アラブの地」へ出向き、虐げられている
アラブ民族のために武器とを取り、革命実行のために
働いてきたわりには、記述されていることすべてが
空虚で、絵空事のようなものしか残らないと言うこと。

しまいには、自分たち革命戦士が「祖国に絶望し」
他国に旅だった後、祖国は高度成長期に入り、いつの
まにか自分たちは、その恩恵を受けることなく
ただの「テロリスト」として非国民扱いを受ける羽目に
なっていたなどと、冷静に自己分析をしているあたり
頭は良いだろうが、何かが足りない。

ぱらぱらと読んでみて、やはり「革命ゴッコ」を
生涯をかけてやっていただけに過ぎないのだなと
なんだかなーと考えさせられた。

その足りない何かとは、俺の思うところ「革命を実行する
にあたり、その革命を起こす土台、思想的な背景が
稀薄で、何よりも、小難しい専門用語を駆使して
俺たちはそこら辺の奴とは違うんだぜと、インテリ風を
ふかしていること自体、鼻持ちならない。

現実を見ているようで、現実を見ていない。
併走し、変動していく世界と、自分たちが
その変化に対応できず、翻弄され、振り回されて
分裂していく様は。。。別に、他意は無いのだが
どうにも、インテリ風を吹かせた革命家気取りの
連中がたどる運命を見ていると・・・・・

自己満足で感傷に浸り、懐古している割には
結局なんの役に立ったんだ?と思わざるを得ない。

ではでは
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大学の誕生。

 2013-11-18

八重の桜で描かれていた(戊辰戦争の終結=佐幕派の敗戦)内戦の跡
唐突に始まった新生活には、視聴者側にとってある程度は覚悟していても
その落差はあるもので・・・

篭城戦の前まで、西洋文化の取得(主に軍事関係)の必要性は、当然
その後の篭城戦において、城中にいる男子=侍の旧来の戦闘スタイルの
否定と当時に、最新?西洋式銃器のスペシャリストをしての面目躍如を
ができたものの、圧倒的(西軍も物資、軍事資金の欠乏があったものの)
軍事的優位に前に、敗戦とともに「賊軍」という汚名を着せられるという
屈辱的な結果が待っていた。

そして、今までの姿から一変し、西洋の服装になっているのだから
驚かされていたが・・・

時代が変わり、価値観が変わり、生き方も封建時代ほどの拘束力が
ないとは言っても、当時の混沌とした世情の中では、浮いた存在だった
のかなと、ドラマを見ていて(ある種の脚色と演出を考慮しても)
思っていたが。

この大河ドラマを録画していると、宣伝というべきかPRというべきなのか
数分程度のCMも録画され、別に見たくもないけど、なんだろうと思って
見ていて、一つの疑問が浮かぶ。

 帝国大学VS私学!?

教育の歴史か・・・すまん、さっぱりわからんw

対立の構図とか、大学という教育機関の成り立ちとか・・

今の今まで真剣に考えたこともなかったし、創立者の理念とか信念とか・・・
そんなこと考えたこともなかったし、興味もなかった。

大学の誕生〈上〉帝国大学の時代 (中公新書)大学の誕生〈上〉帝国大学の時代 (中公新書)
(2009/05)
天野 郁夫

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だけど・・・つくづく思う。

いっそのこと、第二部の主人公は・・・八重の再婚相手(新島襄)に絞ったほうが
話としては面白かったのではないかと。

だって、彼は、アメリカに行き、日本の価値観とアメリカの価値観を知っている
非常に面白い人物ではなかったのかと思えてならない。

ただ、惜しいのは・・・別に派手にドンパチしたり、チャンバラするような
時代でもなく、そうしたことが似合う人物ではないこと。
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久しぶりに書いてみる。

 2013-11-08

ブログを書こうと思うときに必要なのは、ひとつの事柄と、その事柄に対しての
思い込み(屁理屈)が必要であると俺は思う。

さて、某支那大陸の大昔のお話を描いた「三国志(スリーキングダム)」を
録画していたのを思い出し、暇なときなど、せっせと見ていた。

撮りためた作品を見ていて、ふと思った。

「ああーなんて、人の命がこんなにも価値がないのか
些細なことで死んでいくのか?」と、数百年は経過した現代日本の
価値観で見てしまうと、観る終わるごとに、だんだん乾いた気分になる。

気に食わないだの、食料がないだの、悪口を言っただろう?お前!など
本当に、些細なことで「人命を奪う」戦乱の時代。

しかし、日本の時代劇はちょっと違う。

戦乱の時代を描いていても、絶対君主封建時代が長く続き、大陸の命に
関する「描写」若しくは、命のやり取りに多少の違いがあっても
「皇帝陛下」と「一国一城の主」の置かれた立場の違い、権力の座を
射止め、絶大な力と財を成した経緯とか、時代背景に違いがあっても

・・・・

ぞの時代時代を生きた人々を見る目、捉え方に明確な違いがあるように
思えてならない。
元々、文学とか演劇とか、「伝記もの(言い伝え、伝説)」には
ある種の当時の権力者に対する批判とか、ぞの時代の勝者と敗者が
生まれた時に、賞賛と同時に生まれる批判、肯定と否定の価値観とか
考え方が発生したとして・・・

俺が知らないだけかもしれないが・・・中国の時代劇に文学的な優しさとか
叙情とか感じられないのは気のせいか?

結局、友情だの忠義が大切だのと言っておきながら、頭のいいやつ
要領のいいやつが生き残る世界観が見え透いていて、乾いた気分に
なってしまうんだな。これがw



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語りかけること、書き綴ること

 2013-10-13

 お手軽に、つぶやく事ができるサービスを体験し、その手軽さゆえに
今まで書きなぐってきた「簡易日記」の更新を疎かにしていた俺。
 しかし、ふと考えた。

 何かしらのことを、己が(感じたことを、思ったこと、考えたこと)
積極的に呟き、第三者のアンテナに受信し、それらを解析分析され
その解析結果が、興味があることなのか?共感できることなのか?
それとも、結果を鑑みて、不快に思うことか、全く興味も関心すら
感じない内容だと思えば、人間の耳とは面白いもので、文字になって
流れてきたものを、改めて読み返すことなどしない。

 したがって、発信された言語に誰からの帰ってこないからといって
レス貧乏人じゃあるまいし、構ってちゃんでもあるまいし、何度も
似たような言語を発信する人間がどのくらいいるのか?

 お前には友達がいないのか?と、勘ぐられるか

 可愛そうなやつだなと哀れみの目で見られるのが
関の山。

 そういうことを考えると。

ツイッターとは便利なツールだと思う。誰ともフォローを受けずに
好き勝手に喚き散らすことも
可能であるとwwwwwww(そんなことをして何が楽しのか?など
大人の対応など無駄なことである)

では、ブログを書き続ける(書きなぐり続ける)意義はあるのか?
いくら無駄な気合をいれ、やる気を見せたところで、誰も褒めないし、称えない。

ツイッターと異なるとはいっても、原則的に孤高な趣味だと思うwww
俺の場合はコメントをロックしているが

ひとつ大きく異なることは(非公開は別にして)ブログサービス会社が提供している
サーバーデーターが消えるイレギュラーを除けば、何らかのキーワードで見ず知らずの
気の毒な迷い人が訪れることもあるかもしれないし、検索エンジン(ボット)の仕事の
成果が出るかもしれない。

自分の書いたものが、

だれかの目に止まればいい。


などといつ切れるともしれない俺みたいな屑の「書く気」を支える原動力は
そこにある。

だから・・・・ジャンルとか頻度とか考えず、書きたい衝動に駆られた時などに
書きなぐる。

簡易日記の存在意義は、そこにあると思うようになってきた。

他人の反応を気にせず、書き殴れる。唯一無二、利点はそこにあると。

ではでは。
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宣教師と洋学

 2013-09-19
戊辰戦争後の八重の桜を見ていると、いきさつを理解できないうちに
唐突?に西洋学問を学ぶ主人公がいたw
つい、最近まで洋式銃を担ぎ、篭城戦をしていた女戦士と同一人物とは
思えないほどの、変わりように驚かされたw

恐らく、ここからが本編なんだろうなと思いつつ・・ふと疑問が。

さて、数年前にN○Kで放送されていた龍馬伝(幕末)では
各藩からの学生(藩士及び脱藩浪士)が学んでいたものは
主に航海に必要となる専門知識(語学、数学など・・)であり
志も(目的も)様々であり、異国船を追い出したい一心のもの
海軍学校で学んだ、航海技術を活かし、一攫千金を目指すもの
など、なかなか面白い描写だったドラマだが・・・

では、八重の桜はどうなのか?

オナゴも学問を身につけなくてはいけない!と・・・

ジェンダー思考ですか??@@;;
まあ、男女平等はキリスト教の教えだ!と言ってしまえば
そうなんだろうなと。

幕藩政治の時代には、禁教であったキリスト教も、倒幕の結果
以前とは異なり、大でを振って・・とまではいかない。
まだまだ、旧時代の影響が残って、国民からは拒否反応が
出ている中・・・

開講する場所(地域)を京都にしたというあたり
御一新=古きものを否定する=古からの風習等をイッサイガッサイ
破壊するという目的の一つ=手段としては、いい着目点だなと
思うけど、そんなに簡単に否定などできないし、受け入れることなど
できまいに・・と思ってみることに。

英語の学習=聖書を学習=布教?と、幕末時の学習熱とは
明らかに異なる時代描写に驚いた俺w

ああ、そうか・・今の時代にキリスト教系の私立学校が創立
(設立)されたのはこういう流れがあったのかと・・・

そして、仏教系の学校が存在するのは、基督教布教に
対抗手段目的があって、創立されたのかと、今まであまり
意識していなかったがある意味「歴史の再認識」が出来たきがする。

ではでは

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電子マネー(お財布携帯)

 2013-08-31
スマートフォンを使い始めて、約二年。
電話機能と、データー通信機能の兼ね合いの
便利さに惹かれ、使っているが・・・

最近はちょっと使い方を変えた。

電話など滅多にかかってこないし
かけることもないので、基本料金+通話料など
微々たるものだが・・・

データー通信(パケット料金)は
使えば使うほど(たとえ定額でも)
知らず知らずのうちに、二階建てになり
おやまーと驚く金額になることが
多かった。

さて、馬鹿な頭と乏しい知識で考えた挙句
傍から見たら、おんなじじゃないか?と
思われる状態を選択した俺。

電話と、スマートフォンならぬタブレット?と
分けたw

つまり、電話単体と、タブレットに分けた。

荷物は増え、手間が多くなったが、バッテリーの
減り具合には閉口していたので、ベストな状態に
なったかなと思った。

さて、本題。

とある日、コンビニのレジに並び、弁当を購入
しようかと思ったとき。
俺の前にいたおっさんの会計が早く終わったことに
違和感を覚えた俺。
なんだろう?と思い(さりげなく)覗き込むw俺
!!
なんだあれ?カードをかざして、会計を済ませたのか?

あああ、プリペイドカード?で精算したのか?

ん?ナナコカードとはんぞや?と思ったが

よくわからず、結局、スマートフォンの機能に
あった前払い方式のEDY?を選択し、今は
ちょっとずつ、今までとはちょっと違う使い方を
覚えた俺。

で、菜々子カードの存在が忘れらず・・・

次回に続く。

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