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カメラを持って歩く。

 2012-07-22
歩く習慣をつけると、それに関連して、今まで
無縁だと思っていたことも苦にならなくなる。

目新しいものを見つけようと、必死になっても
見つけることもできない。
でも、「散歩」をすることには抵抗がなくなって
ある意味、楽しい。

だけど・・「確実に加齢」している現実。

たぶん、観光地でもないのに、カメラバックを
担ぎながら、歩く「小太りな中年男」は不審者
そのものに見える(善良な市民の目からは)
だろう。

何も悪いことなんてしていませんwwwww。
ただ、ぶらぶらしているだけですので
勘弁してください。

なーんて(心のどこかでおどおどしながら)
休日は、お散歩する俺。

そんな時、カメラがでかい(フルサイズ)
ほうが気持ちがいいと思っていたこともあった
けど、やっぱり、ちょっと無理w

そして、世の中、でかいくて大げさなカメラだけ
が世に出回っているわけではなくて・・・
様々な制約を受けつつも、小型化がすすんで
非常にありがたい。

何も考えずに(設定等ちんぷんかんぷんな人間
故に)撮影したい私としては・・・。
高性能なカメラ等使いこなせませんwww。

大きいとちょっとためらうけど、小さくて
軽いカメラなら歩けると思って・・・

てくてく歩く。
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風景写真を眺めていて。

 2012-04-10

ふと、去年の今頃は何をしていたのかと思って
デジカメの(撮り貯めた)撮影データーを
見ていたら・・

なるほど、俺の住んでいる地域では四月の中頃
には桜が咲いて・・

見るに耐えないw素人撮りの写真データーでも
去年何を撮影していたのか、記憶が蘇った。

あの震災から一ヶ月後・・・の被災地では
ない場所で撮影した、無意味、無関係な風景。
被災地でもないのに、なぜか・・残すことに
意味を考えるようになった俺。

ただ・・惜しまれるのは・・・

己の姿が映っていないことか。
俺目線の風景を見ていて
俺の姿がないのでは・・何の意味があるのか?

そうだろう?誰が写したのか、見ていた風景なのか
結局のところ、単なる風景写真じゃないかと
片付けるにしても、誰も気にも止めない些細なこと
でも、どこか、何か侘しい。

考えすぎかな
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バッテリーは消耗品。

 2012-03-19

それは、昨日の出来事。

うちの長兄が、ご子女と遊びに出かけるため、デジカメを貸してくれと
言ってきたことから始まる。

・・・あいにく、俺は「あの日」以来、一眼レフデジカメを買いあさっ
ていたこともあり、デジカメを使う機会が激減していた。
とはいえ、カメラにはまる前に買った年季の入った某R社のカメラを
渡そうと思って、充電してみたら・・・

ん?    「電池がおかしい!」

たらーんって感じで、まずいことになったなと。
これは一大事だと思い、近所のカメラ屋に出向いて、バッテリーは置いてあるか
どうか在庫を確認してもらうことに・・

「申し訳ありません。お取り寄せになります・・」

んーーーーーーーー。行事は明日で・・取り寄せw
これは無理だ。

どうしようか・・・・・・・・・・。

適当な「安くて、使いやすそうな」デジカメでも買っていこうかなと
ふと、考えたが。

「俺が使うわけじゃないし・・・」

やむを得ず、家のお袋さまが買ったきり、使っていない某C社の
薄型デジカメがあったことを思い出し(事情を話して)貸してもうことに
した。

基本的に、流行り廃りが早く、数万円するカメラのラインナップの入れ替え
それらに付随する消耗品の陳腐化が苦手だったとはいえ・・
「自分の世界」に閉じこもっていたことに気がついた俺。

趣味っというものと、利便性とかは、相容れないもので、いつもは使わない
けど、いざって時に使えないと無意味であると痛感。

今回はバッテリーの不具合を「いつも使っていれば」通販などで取り寄せして
いつでも使えるようにしていただろうに
それが出来なかったことは・・

今回は両親の使っているデジカメを貸し出して事なきを得たけど
大いに反省すべきことだなと思った昨日の出来事の顛末。



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とあるひととき

 2012-01-17

最近、某メーカーのカメラを購入し、レンズは何がいいだろうか?
マウントはどこのメーカーがいいだろうか?と考える日々が続く。

そして、考え悩んでいるうちに・・(気がつくと)
夜中になっている。

ネットゲームのことを忘れ、呟きすら忘れ・・。

ふっ・・
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記録に残すということ。

 2011-11-23
世知辛く、昨日までの常識が、覆され、否定されることが多くなった
今日この頃を生きていると、ふと思うことがある。
いや、考えさせられることが多くなった。

ほんの数日前まであった構造物(建物など)が取り壊されて
更地になって、以前の姿、面影など、まったく思い出せないほどに
変化した土地などを見ると・・・

「ここには、何があったんだろう?」って思い出そうとする。
でも、常日頃、特段意識せずに通り過ぎているだけだから
自分にとって無関係な場所。

記憶に残っていない。そして、新しい風景、景色が作られていく。
世の中、その繰り返し。

消えてしまったものを、壊されたものの面影を探してしまう。
別に消えてしまったものに、なんの思い出なんてない。
まったく無関係の通りすがりに過ぎない俺。

あやふやな記憶などではなく、「記録」=紛れもなく
そこに存在していたという事実を残す意味からも「映像」「写真」
などを残すことの意義を、ふと考える。

変わらない場所と変わっていく場所。

何時までもそこにあると思ってはいけない。
いつかは消える。そして、変わっていく。跡形もなく
面影すら残さず。

形あるものは朽ち果て、いずれは壊れていく。
思い出は美化され、記憶は過大に誇張され、本当の姿とは
かけ離れてしまうかもしれない。

だから、記憶ではなく、記録として残す「理由」「必要性」
「意義」がそこにあると思う。

「記録」っていうのは、残そうと思わなければ、消えていくのみ
何故残すのか、何故語り継ぐのか、何故今なのか・・ふふふ。

 だけど、記録に残すといっても、誰がするのか?他人?自分?

あははっは、他人=第三者=客観性とやらの期待は出来るだろうけど
自分でできることは自分でやれ。他人に任せてどうする?
そういうものだとおもう。

ネットゲームの会話だって、記憶の域を超えない。
いつかは、上書きされ、消去される。

本当に残したければ「記録」すればいい。記録するだけの価値を
認められないのなら、うんなもん・・忘れちまえw

情だの、心なんてものは、あまりにも曖昧で、陳腐だ。
でも、曖昧だからこそ、あやふやであるからこそ
忘れることが出来る。いつかは忘れる。いつかは・・・。

あのときはあーだったけど、目の前に居る奴、いまさっきまで
しゃべっていたやつの事なんて、何時まで覚えているのやら。
楽しい思い出、嫌な思い出・・・形に残らないものほど
忘れまいと「己」が意識しない限り、風化していく。

まあ、覚えているのが自分だけで、他の連中の記憶からは
消えていましたなんて、藁っていいのかどうかwww

ふふふ。いいんじゃねぇ?それで。

「思い出は、心の中に・・」なんてねw
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